パール・バックの生涯

パール・バックについて・・・

 1892年6月26日、パール・バックはアメリカ、ウエスト・バージニア州のヒルズボロで生まれました。両親は熱心なクリスチャンで、宣教師として中国へ赴いていたのですが、母は出産のため一時里帰りして娘のパールを生んだのです。その後、一家は再び中国へ渡り、パール・バックはその人生の半分を中国において過ごしています。

 パール・バックは『土の家』3部作(「大地」「息子たち」「分裂せる家」)と『霊肉の書』といわれるご自身の父母を描いた自伝的作品「闘う天使」「母の肖像」、これらの作品によりアメリカの女流作家として初めてノーベル文学賞に輝きました。その中でも特に「大地」は爆発的なベスト・セラーとなり、世界30ヵ国語以上に翻訳され、ピューリッツァー賞を授与されるにいたりました。

 骨太で逞しく、なおかつ繊細な、彼女の作風の背景には御両親の信仰と、中国という大陸がもつ力強さと生命力、東洋の伝統的精神などがあげられます。
しかし、彼女の心の奥深さは、単に東洋の大地と精神によってのみ育まれたものではありません。そこには 一人の娘の存在と母親としてのご自身の体験があるのです。
1921年、彼女は愛娘キャロラインを生みました。フェニルケトン尿症が悪化し、重度の知的障害をもつ子供となりました。生涯その知能は子供のままで、それ以上にはならなかったと言われています。母親として通過した彼女の苦悩はたいへんなものだったに違いありません。(母親としての彼女の心痛は「母よ嘆くなかれ」という本の中に書き記されています。)

 「大地」には主人公、王龍(ワンロン)の娘として一人の白痴の娘があらわれてきます。娘は常に家族の悩みの種になり、足手纏いになりますが、しかしその母、阿蘭(アーラン)や王龍、そして梨花(リーホウ)はつねに娘のそばに寄り添い、暖かく見守ってゆきます。激動の時代を描きながらも、この娘の存在だけは変わることがなく、読者に慰めと安らぎを与えます。
そして母親の阿蘭は「忍従」という言葉に象徴される東洋の伝統的女性像として描かれています。逞しく大地に立つ母親の姿はそれ自体がこの物語のテーマであり、作者の心を端的に表わしているもののように思われます。パール・バックはご自身の夢と理想、そしてさまざまな思いをこの阿蘭に託し、投影させたのです。
彼女は、大地にしっかりと根をおろした大木のような大家族を夢見ていたに違いありません。

「大地」は1930年南京において執筆され、1931年に出版されました。
20年代は実質彼女は娘の養育にかかりきっていたのでしょう。9年間手許において育てたキャロルを1930年ニュージャージーにある養護施設に送りだし、その後本格的な執筆活動に入りました。彼女の代表的な佳作は全て30年代に集中しています。10年間のあいだ圧縮されていた彼女の思いや感情が、一気に爆発した期間と言っていいのではないでしょうか。
ある解説者の話によると、初期のころの未熟で幼稚な作風にくらべると、飛躍的に成長し「大地」という作品が突然あらわれた、と言っています。理由はただ一つ。キャロルを育てた10年間が彼女の心を耕したのです。
この作品には彼女の決意がみなぎっており、キャロルの存在なしに「大地」という作品はありえなかったのです。

 40年代に入ってなおも彼女の執筆活動は続きますが、その重点は徐々に社会活動へと移っていったようです。西側諸国の横暴をなくし、東洋との公平な交流をはたそうという目的で、1941年「東西協会」を設立。またアメリカの軍人が駐留先のアジアで置き捨てた混血児たちを養子・養女として引き取り、立派な国際人に育てるために、1948年「ウェルカム・ハウス」を開設されました。そこには常時30人〜50人ほどの混血児たちが共同生活していたそうです。ノーベル賞で得た賞金や、原稿料や本の印税など、ほとんどのお金はそこにつぎこまれました。
里親として彼女は、嬉しそうに「なんと私はたくさんの子宝に恵まれているのでしょう。」と言ったそうです。

彼女自身の本当の子供はキャロル一人しかいません。しかし彼女はキャロルに対するのと同じ愛を、他の子供たちと人類全体に向けたのです。

 パール・バックは宣教師であり、ノーベル賞作家であり、人類愛を説く平和運動家でもありました。でもその彼女の人生は、障害をもつ一人の娘の誕生から始まったのです。
「大地」という作品も、ノーベル賞も、東西協会も、ウエルカム・ハウスも、すべてはキャロルによって与えられたものなのかもしれません。このように書くと大げさなように聞こえるかもしれませんが、私はもしパール・バックが生きていて、傍でこのことを聞いていたとしたら、彼女は笑ってうなずくだろうと思うのです。パールの心の中心には常にキャロルがあり、そしてキャロルを彼女に与えた神に対する信仰があったのです。

パール・バックは言う。「世の親たちよ、恥じることはありません。絶望してはなりません。この子たちは特別な目的をもっているのです。・・・頭をあげて、示された道を歩きなさい。」

彼女自身もまた、示された道を歩んでいったのです。

2001/2/18


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