発達障害と5つのハードル

〜自閉症の向こうにあるもの、生命とその心〜

自閉症・発達障害について、正しく理解し、適切に対応するというのは容易なことではない。
まだ、解明されていないことも多いし、人によって症状の現れ方や生き方や背景が異なるし、支援者の考え方や理解の度合いも異なるからである。以前、私は自閉症に対する『複合的アプローチ』が大切だという話をした。どれか一つのやり方が正しいのではなく、療育や治療にはコンビネーションが必要だということである。組み合わせや協力関係が必要なのである。そのためには、幅広い理解とトータルで物事を考え融合させる柔軟性が必要なのである。

それぞれ信念をもって取り組んでおられる方は、どの方も一理あり正しくもある。しかし、違和感があったり、何か足らないから行き詰るのである。ここではその壁のことを「ハードル」という表現で、何に悩み、何を越えようとしているのかを、私なりの解釈で見渡してみようと思う。

信念が強いほど、逆にそれが重い足かせとなり、古い考え方や伝統に縛られることもある。柔軟で理解の早い人は、一つのハードルを1〜2年で越えてゆくが、10年経っても同じ課題で悶々と固執し、自己を正当化して「化石」のようになっている方もいる。そうならないことを祈るばかりだ。

では、スタートしよう。(細かい相違点は、気にせずに・・・)

人は、どのような障害を持って生まれたとしても、「人」であることには変わりない。だから、子育ての基本は同じである。母親との関係や愛情、発達の段階に応じた心理的アプローチが必要である。
かつて、自閉症児の親は「冷蔵庫マザー」とか、愛情が足らないとか、躾ができていないとか、心や関係性に問題があると『心因説』が唱えられたことがある。今でも、そういう見方をする人はいる。
しかし、自閉症の子育ては、普通の子供のようにはいかない。どんなに愛情をそそいだとしても難しさ(育てにくさ)がある。「自閉症」という障害を理解しなければいけない。にもかかわらず、「みんな同じです。私たちは子育てのやり直しをします。」と言い張る頑固な療育者もいる。これが、一つ目のハードルだ。

米ノースカロライナ州のTEACCHプログラムは、「自閉症の特性」に着目した。
自閉症は脳の器質的な機能障害なので、障害から生じた特性がある。それを理解したうえで支援すると、彼らの生活が楽になるというものである。例えば、物事を理解する際、視覚優位なので「視覚支援」を行う。絵カードや目に見える形で具体的に表示する。環境の「物理的構造化」でわかりやすくする。見通しが立てやすくなるように「スケジュール」を提示する。こだわりや感覚過敏に対して配慮するなどである。これらのことは、すぐに効果が出るしわかりやすい。彼ら自身が変わるのではない、環境の側から合わせてあげるのだ。

専門家たちは、「氷山モデル」と称し、水面下に隠れた障害特性を理解することで、表に現れた問題行動に的確に取り組むことができると主張する。ただし、障害特性ばかりに目がいくと、どうしても対応が機械的に(マニュアル的に)なりがちで、構造化の方法論ばかりに傾きがちである。パターンができてしまうとパターンから離れられなくなる。
TEACCHが嫌いな人は「人を物のように扱っているのが嫌だ」と言う。(実際にはそうではないのだが)「人」としての心理的な関りが欠如してくるので、子育ての基本を忘れてはいけないということである。視野が狭くなってしまうと、トータルで物事を考えられなくなる。だから、何か一つが正しいというのではなく、組み合わせ(コンビネーション)が必要なのである。

次に、問題となってくるハードルは、「治療」という観点である。(2つ目のハードル)
TEACCHプログラムは、自閉症という障害を受け入れるがゆえに、彼らの特性を「個性」、彼らの生活スタイルを「自閉症の文化」と呼ぶ。治らない障害ならばそのように受け入れるしかない。
彼ら(専門家たち)は、自閉症の原因については語らないし、治療するという考えもほとんどない。障害は治らないものというスタンスだ。「氷山モデル」は水面下の特性(表面)だけは語るが、本当の原因は謎のままである。(中身は真っ暗のまま)

でも、本当に治らないものなのだろうか?(単に決めつけて、目をそらしているだけではないか・・)

自閉症は、年々その数が増えていっている。私の子どもが診断されたころは、自閉症は1000人に一人か二人と言われていた。それが今では、数十人に一人は発達障害であるという。このまま進めば近い将来、8人に一人は発達障害、一家に一人自閉症という時代になりかねない。受け入れているだけでいいのか? 重度の自閉症児・者のいる家庭の苦労は大変なものである。
それとも、最近の若い親御さんは、どんどん子育てが下手になっていて、関係性が希薄になっているから増えているとでも言うのだろうか。(否である)

原因を求め、「治療」に取り組むことも必要なのではないだろうか。
二次的に生じた症状や問題行動は、心理的な要因、育て方の問題もあるだろうけど、根本的には自閉症は器質的な脳の機能障害、生物学的な問題点があるはずである。人の生体を形成していくために必要なこと、遺伝やDNA、栄養療法、バイオメディカルといった取り組みが必要になってくる。

映画「レインマン」の演技指導で有名なバーナード・リムランド博士やDAN!(Defeat Autism Now!)が古くから取り組んできたビタミン療法などもこれに当たる。栄養療法やデトックスを組み合わせて治療にあたっている。水銀のキレーション療法では大きな話題になった。(結論は出ていないが・・)

しかし、これ(治療)に対しての反発もある。「自閉症であってはいけないの?」「どうして治療しなくてはいけないの?」、自閉症のことを自分の個性だ、新しい文化だと受け止めている人にとっては、自分が否定されてしまうような気持になる。その気持ちはわかるが、それを言い出したら、話がちんぷんかんぷんで前に進まなくなる。(話が人権問題にすり替わる)私たちは人格や個性を否定するつもりはない、人の体の健康について話しているのだ。

米アリゾナ州は、ハーレル・キャップ女史(精神科医)のビタミン療法など、以前から栄養療法やバイオメディカルに積極的で、成果もあげてきている。確かに、人の体は食べた物「栄養」でできているので、その偏りをなくし、食事療法やビタミン・ミネラル・タンパク質などの補給で症状が和らぐこともある。
「脳腸相関」という視点から、腸が脳に影響を与えているという研究も進んでいる。

この「栄養療法」のあたりから、一つ心得ておかなくてはいけないことがある。
ここから先の取り組みには、保険がきかない、給付金もない、学校や施設や医者が責任をもって主導してくれるわけでもない。薬には処方箋が出され、医療費として保険が適応されるが、サプリメントや食事は普段の生活に属する。基本、自費負担であるし、自分で管理して、自己責任で行う。タダではないし、人のせいにもできない。自主的な健康管理だ。また、先進の医療においては研究段階であることが多い。
本当は、食事が一番の薬であり、普段の生活が治療行為なのに・・・そして、医者は「自然」なのかもしれない。

自分が本当に理解していないと、お金も手間も時間もかかるので、言われたことだけをしている受け身の人では、長続きしない。実感が伴う実践でないといけない。そして、主体的に自分でやる。(私たちにできるのは情報の提供とアドバイスだ)
自分で学び、自分で考え、自分で行動する。そのような覚悟が必要であり、「本気度」が問われる。
でも、恐れることはない。真剣であるものには道が開ける。

1953年、ワトソンとクリックによって、DNAの二重螺旋構造や遺伝の仕組みが解明され、50年後、2003年「ヒトゲノム計画」により人間の30億DNA塩基配列が全て解析された。それ以来、医療界の取り組みも変わってきた。分子生物学を基礎に、栄養について考えてゆく「分子栄養学」、DNAが遺伝子発現の際に必要とする適切な栄養素を補給する「オーソモレキュラー療法」など、栄養療法も進化している。

※ 自閉症は、タンパク質(必須アミノ酸)、ビタミンB群、鉄や亜鉛などのミネラル、DHA(必須脂肪酸)などの補給で症状が改善されることがある。体も脳も食べた物「栄養」からできているのだ。
デトックスやGFCFダイエットを試みる方もいる。

ここで、3つ目のバードルである。ヒトは「生命の集合体」であるということ。

人は、人ばかりを見てきて、人間を単独の生き物として治療しようとしてきた。
DNAにおいても、ヒトのDNAのみを観察してきた。しかしそれで分かったことは、人間の遺伝子は2万2千個しかなく、ミジンコよりも少ないということだ。そしてその9割がどの人も同じものであるということ。人間の多様性や複雑さはどこからきているのだろう?

2008年から、科学者たちは「ヒトマイクロバイオーム・プロジェクト」を始めた。
人の体の中には、数百兆から1000兆個の微生物(細菌)がいるという。「腸内フローラ」と呼ばれる腸内細菌は、ヒトの細胞37兆個の10倍近く存在して、ヒトと共生しているのである。ヒトは宿主であり、彼らはその住民。お互いに協力関係にある。彼らのもつ遺伝子は人の100倍以上といわれる。今まで、遺伝といえば母から子へと垂直に遺伝するものだけと思われていたが、遺伝子の水平伝播、あるいは共生する生き物のDNAが影響を与えるということも考えられる。彼らはヒトの足らない機能を補完している。人間は一人で生きているのではなく、『生命の集合体』として存在している。その個性や健康状態も共同で築き上げているものなのかもしれない。細菌の個性は、人の個性に影響を与えている。

現代社会は、高度に機械化され自然から分離し、化学物質が氾濫している。食生活も変化している。このような社会が「現代病」を生じせしめているのかもしれない。自閉症のことを、「ディスバイオシス」が原因であると言う人もいる。人の内にある生態系、腸内細菌の多様性とバランスが欠けているから発達に影響が及んでいるというのである。
現に、文明を否定し昔ながらの伝統的農耕生活を行っているアーミッシュや狩猟で野生の食料を補給しているイヌイットなどには自閉症者はいない。

ここで、治療において必要となってくることは、いかにして自分の中の生態系、腸内フローラ、腸内細菌の多様性を高めてゆくかということ。そのための腸活・菌活を行わなくてはいけない。
発酵食品を多く食べたり、プロバイオティクスや土壌菌を補給したり。腸内細菌のエサとなる食物繊維をたくさん食べるなど。(偏食の多い人はディスバイオシスの傾向がある)そして、腸内環境に害を与える化学物質や農薬、抗生物質などはなるべく避けるということ。

抗生物質は、いい菌も悪い菌も皆殺す。腸内環境にとっては原子爆弾を落とされるようなものだ。抗生物質を飲んだ後は、自閉症の症状が悪化する人が多い。
「農薬」に問題があるのは、ヒトの脳細胞、ニューロンやシナプスに直接害をもたらす神経毒であると同時に、ヒトと共生する内なる生態系(細菌叢)にダメージを与える(環境殺生剤である)ところにも重大な問題がある。ディスバイオシスは発達に障害をもたらす。また、複数の農薬や化学物質による複合的な汚染で毒性が増幅する可能性もある。

そして今、世界で注目されているのが「腸内フローラ移植」(便移植)である。
これは、人によっては大きなハードルになる。あなたは人のウンコにふれることができますか? 
触れることすら難しいのに、100万以上のお金をかけて、人のウンコを自分の体の中に入れる。普通の感覚ではできません。しかも、研究段階で充分には実証されていません。よほど苦労してきて、考え抜いた人にしかできない業です。バイ菌として見ていた菌を生涯のパートナーとして迎え入れるのです。自分の中に健全な生態系をとり戻すために「自然」を取り込むという、究極の治療法だと思います。キタナイの中にキレイがあるというギャップ。健康な人のもつ菌はダイヤモンドのように貴重だということ。(ついてゆけるかな?)

単に、菌を増やしたいのならヨーグルトを食べればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。しかし菌の種類は少なく、たとえ腸まで届いたとしても「通過菌」でしかない(定着しない)。ヒトの細菌叢は3歳までにほぼ決まってしまい、指紋のように生涯変わらない。ただ、直接腸に多数の菌を送り込む「便移植」は格段に菌の定着率が高く、多様性が飛躍的に向上する。

これらの研究には、次世代シーケンサー(遺伝子解析技術)が大きく貢献している。人が保有する細菌叢の特徴、菌の数や種類が、DNAの塩基配列を高速で解析(ゲノム解析)することにより判別できる。今、腸内細菌の研究はブームのような高まりを見せている。かつてヒトゲノム計画では、一人の人間のDNAを解析するのに3000億円のお金と10年以上の年月を必要とした。しかし今、次世代シーケンサーを使うと、5万円くらい出せば誰でも1か月後には手元に腸内細菌のDNAデータまで簡単に届くようになっている。技術革新とはすごいものだ。
万病は腸からやってくると言われているが、その腸に関する最近のアメリカ医学界の論文は、約8割が腸内細菌に関することだという。新しい発見が次々に見つかる聖域(フロンティア)に足を踏み入れた感じだ。

2017年、アリゾナ州立大学でローザ・クライマルニック=ブラウン教授やジェイムズ・アダムズ博士(ご自身の娘が自閉症)らが中心となって18人の重度の自閉症者がこの移植治療を受けたが、その結果は驚くべきものだった。腸の機能が改善し、自閉症状の軽減、社会的行為にも変化がみられ、2年経った後もさらに改善は続き、44%がボーダーラインを下回り健常化するという結果になった。このことは科学誌「ネイチャー」に取り上げられ話題になった。
日本でも、大阪で「腸内フローラ移植臨床研究会」というものが立ち上げられ、高額ではあるが便移植が進められている。この治療法は、やがてスタンダードになってゆくだろう。便バンクと多数のドナーが必要である。

一つ一つの菌の詳細については、まだわからないことも多い。しかし、大切なのは多様性とバランスなのだ。

『多様性』というキーワードには、ほぼ全ての自閉症の症状に通じるものがある。
多様性を回復し、柔軟性と適応力が増せば、自閉症者が弱いとされている「変化」にも強くなる。見通しがなくても不安が少なくなる。耐性・免疫力がつきアレルギーやパニックも減る。極端なこだわりが少なくなり、反復行動も減る。多様であるがゆえに精神のバランスを取りやすくなる(心が安定する)。自分の中に多様性があるがゆえに、他者を理解することができる(他者理解と思いやり)。柔軟性はコミュニケーションの改善にもつながる。脳のニューラルネットワークやシナプス結合における神経伝達物質の分泌にも影響が及ぶ。腑に落ちる、美しい答えはシンプルなものだ。

腸内フローラ移植の治療を受けた自閉症児の親御さんがおっしゃっていたが、「あきらかに、成長の角度が変わった」とのことである。それまで、成長しているのかどうなのかわからないくらい、ほとんど横・横の状態だったのが、急に角度が上向きになったのである。「菌力」はすごい!

小さい頃から、土に触れ、自然にふれて、たくさんの経験をさせることも、多様性を高めるための一つの方法である。子どもには泥んこ遊びをさせるべきなのだ。

腸内フローラ移植とは、分かりやすく言えば、「自然から離れていってしまった人間が、自分の中に自然をとり戻す」という治療法である。『共生』という言葉が示す如くである。

こうしてみると、人間一人の問題ではなく、自然との付き合い方が問題になってくるのであり、生活スタイル、人が自然の一部として、その生態系に溶け込んで生きてゆくことが大切ということになる(自然との共生)。かつて、レーチェル・カーソンが言ったとおりである。自然と仲良く生きる。地球環境問題やSDGsの達成にも通じる、「共生の思想」や持続可能な循環型ライフスタイルが必要になってくる。私たちは自然へと回帰しなくてはいけない時を迎えているのかもしれない。

これが、第4のハードルである。腸内環境は、もとはといえば自然(土)から来たものなのである。

体内の生態系から、外に広がる自然の生態系へ。
10年ほど前から、私は自然農法に凝っていて、準農家の資格を取り、750uほどの農地を耕している。名前も『しあわせ農園』と称しながら、自然と仲良く暮らすことを目標に、イチゴやニンニク、カボチャやトマト、サツマイモや里芋、ニンジンに大根などを育てている。農薬や化学肥料は使わず、なるべく不耕起で、土にダメージを与えず、微生物を大切に育てて、自然生態系の循環の中で育てるというやり方をとっている。(生態系栽培)

畑作業をすることにより、土に触れ、土とともに生活し、自然のものを食する。
これが、自閉症の治療にどうつながるかは分からないが、とりあえず楽しく週末を過ごしている。

土づくりのうまい人は、腸内環境を整えることも上手かもしれない。どちらも菌をあつかう分野だからだ。(私は畑から学ぶことが多い)土がよくなれば、同じ種であっても野菜の成長は格段に向上する。同じく、腸内細菌が元気になったら人の成長も見違えるように良くなる。食物は分解され栄養が行き届く。成長の角度が変わるのはこのためかもしれない。

自然農法で有名な「自然農」の川口由一さん、「自然栽培」の木村秋則さんが教えてくださるのは、自然農法で大切なのは自然を見つめる目、人の心が野菜たちにも通じるということであり、最終的にはライフスタイル(生き方)や心の世界に入ってゆくことになる。
「動的平衡」を唱えられる福岡伸一博士も、生命は常に流動しながらバランスをとっていると言われますが、やはりバランスをとる心が必要ではないでしょうか。先生は科学者であると同時に、生き物を愛するナチュラリストです。

この「心」に関することが、最後の第5のハードルになるものと思われる。
全てをトータルで包み込み、バランスをとる。共生を実現させるもの。結局、多様なものを一つにする、バランスをとるためには「愛」が必要だということです。人に対しても、自然に対しても、幸せをもたらすものは愛なのです。
非科学的だと思われるかもしれませんが、神様に通じる道もこの「愛」にあるのではないでしょうか・・・

振り返ってみると、遠い道のりをたどってきたように思われるが、土台となる「子育ての基本」は同じだし、障害特性は理解しておくべきだし、ヒトの体を健康に近づけてゆく為の栄養療法は心得ておくべきこと、自然との共生は必要なものなのである。だからこれらの取り組みは、どれか一つだけが正しいというものではなく、複合的にコンビネーションを大切にしながら同時に取り組んでゆくべきことなのだと思う。いがみ合っていても、狭い枠の中に閉じこもっていても、損をするだけなのである。

私たちには、大海原を見渡すような、広い心が必要なのだ。

人は地球の歴史から見たら新参者であり、進化の先っちょに”我が物顔”でちょこんと座っているだけ。実際は、多くの生き物たちに助けられながら生きている。菌は私たちの大先輩であり、多くの秘密(隠された機能)を持ちながら、生態系全体を支えている。

「心」、自然の中にも心はある。
人は謙虚に、自然に順応しながら(通じ合いながら)、自然と仲良く生きるべきなのだ。
私は、自然の仲間たちに感謝している。

俊邦父 2021.5.15