私が私であるために…

〜愛と動的平衡と生命〜

〇 生きているということ

「生きている」ということは、変化をいとわず、前に進もうとする「意志」である。
意欲があるということが、生きているということなのである。

死んだ組織というのは、意志(意欲)を失い、変わることができない。新陳代謝が不可。
分解と合成を繰り返す(生きる条件を満たす)には、前に進もうとする意志が必要である。

昨今流行りのドラマ、半沢直樹が劇中で「帝国航空は死んじゃいない!」と言ったのは、数字による分析や、組織が機械的に機能しているかどうかではなく、プライドがあるか、前に進もうとする「意志」があるということであった。
人の命も組織の命も、生命とは意志によって生み出されるということを示している。プライドがあり、人々の役に立とう、喜んでもらおうという、顧客や社会、自社に対する「愛」があった。その他の材料は、重要ではあっても二の次だったのです。この展開は案外、生命に関する奥義に触れているかもしれない。

「十倍返し」は、機械論的に合理的に考えてそうなったのではなく、そうしようという「意志」(情動)があるからそのように動いた。成しえたのである。

愛を失い、停止することは死を意味する。
愛が「生きている」という状態(動的平衡の状態)を生み出している。
動的平衡を生み出しているのは意志であり、愛である。

死んだ組織を蘇らせるのも、意志であり愛である。
愛を失い、意志を失ったなら、その人がたとえ動いていたとしても、本質において死んでいるのであり、やがては本当の死が訪れる。死んだ者とはなるな!

〇 動的平衡と愛

重要なのは、動的な平衡(生きている状態)を生み出している根本は何かということ・・・それが愛である。動いている物自体に命があるのではなく、動かしている愛に生命の根本(源泉)があるのである。(より根源的)
動いている状態に命があるとするならば、動かしている意志が生命の根本ではないか。「生きている」ということを決定づけている。

生命の答えは、動的平衡という状態にあるのではなく、その本質は、多様なものを動かし、循環させ、一つにする、「愛」に生命の根源があるのである。

愛は動的であり、一つになろうとする(喜びを得ようとする)意志をともなう。
愛は生きる力をもたらす。これのみがエントロピーの増大に逆行する力をもたらす。
生命とは愛から生じるものであり、愛が人を生かし、地球を動かしているのである。

愛は人を生かす。生命に生きる力を与えているのが愛である。

この世界は美しい。自然は美しく調和に満ちている。
それらのことは、神の愛がどういうものであるかを証明している。
愛がなければ、美と調和は生まれない。命があふれる、生き生きとした世界も作れない。

動的平衡の、「動的」とは意志があるから動的になれるのである。愛もまた動的である。
「平衡」であるのも、愛があるからバランスが取れるのであり、美が生じるのである。
エントロピー増大の法則に逆行するのは、その内面に大きなエネルギーを秘めているからである。

〇 偶然か神か

複雑に見える生命に関する議論も、最後には偶然か神か?(根本に見えない意志が働いているのか)という二者択一の問いになる。根本に愛を感じることができたなら、神を信じるだろう。
私が思うところは、世界(自然界)はあまりにも美しいから(美と調和の世界)、やはり根本には愛がなければできないのではないかということです。

愛があって一つとなった、その瞬間が生命の始まりである。その愛と生きようとする意志が生命の本質なのである。

生命の根源に「神」という言葉を使うと、非科学でありカルトとされる向きがある。しかし、どんな小さな生き物や物質であっても、どこかに向かおうとする(動的であろうとする)指向性や意志がある。それを有機的に結び付けて考えると、一つの愛(=神)があるのではと思うのです。だから世界はこんなに美しく、調和しているのです。(偶然ではありません)

動的平衡をもたらしているのは「愛」。
愛は生命を生み出す。だから神様は愛なのです。第一原因は愛。
愛は美を生みだす。調和とバランスをもたらす。

「意識が存在を決定する」という言葉がある。
愛が生命を決定づけている。

地球はとても美しいから愛を感じる。偶然ではなく、神だと思うのです。
結果を見れば原因がわかる。愛情をもって接すれば美しくなる。帰納的に考えると、愛があったから美しくなったのである。だから、第一原因である神は愛だと思うのです。

スタインベックが言うように、
死んでゆくことは、生かすことなんだ。
生まれてくることは、愛して死んでゆくことなんだ。
結局、死ぬことと生きることは、繋がっていて同じことなのだ(一緒なんだ)と知らなくてはならない。
そこで大切なのは、愛というものを体現できたかということ。「愛になれたか」それが、私なのである。
私が私であることの意味である。

〇 私であるために

今日は、「私が私であるために…」というタイトルで話そう。
私が私であるために、生きているこの短い時間を、愛するために使おう。
生も死も同じこと。全ては循環し移り変わる。その中で、私が意味を持つとしたら「愛した」ということだけである。
それこそが、神と一つになるための唯一の条件であり、私たちが進むべき最終のゴールなのである。
人を愛し、自然を愛し、神を愛そう。

人それぞれ個性があるから、愛し方や愛の表現は異なるだろう。自分らしく愛すればいい。
それが、私であり、私の人生なのだ。

人と同じでなくてもいい。私なりの愛し方、愛の表現方法を身に着けることが、自己のアイデンティティの確立につながる。すなわち「私が私である」ことにつながる。私なりに、自然とつながっていることが大切である。

福岡ハカセは、ジグソーパズルやベルクソンの弧を使って、自己同一性とエントロピーを克服する動的平衡の成立を証明しようとされた。人は、3次元的なタンパク質のジグソーパズルで、その相補性によって当てはまる位置が決定し、結合してゆく。これが自己同一性を保てる理由である。「生命の輪」が坂道を重力に逆らって上り返すには、エントロピーの法則を先回りして、自ら分解して合成してゆくという手順をたどってゆく。
確かにその通りであるかもしれないが、少々話が難しく、なぜそれがそうなるのか、全てにおいてこれが適応されるのかと考えると、不可思議なところもある。私には感覚的に、それだけでは理解しがたい。
物理で物事が動いていてバランスがとれている、自然界の美が創生されているとは思い難い。

〇 人生というキャンパス

私は単なる精神論者や盲目的信仰者ではありませんが、「心」というものを大切にしたいし、「想い」が重要な役割を果たしていると考えている。

もう一つ、お気に入りのアニメの話をしよう。
最近の人気アニメ「鬼滅の刃」の主人公、竈門炭治郎も「気持ち」で技を繰り出している。
彼や禰豆子の生命力は、思いであり絆であり、一つにしているものは愛なのです。
そして、鬼であっても生きている物に対して同情心を持っている。優しさがある。そういったところに、日本人は大いに共感し、今熱狂的なブームとなっている。人々にこれほどの感動をもたらすのは、やはりそこに何かしらの真実や求めているものがあるからなのだろうと思う。

「意識が存在を決定する」という原則はかなり強引なところもあるが、ある意味真理を言い当てているのかもしれない。炭治郎は多くの悲しみを背負い、苦しみ、もがきながらも前に進む。追い込まれ、越えられないような恐ろしい試練を乗り越えてゆく。自分の弱さと闘う、その「心の声」にみな共感しているのだ。
神は愛することのできること、愛によって乗り越えられる試練のみを与えられる。

個性という点で言うと、「鬼滅の刃」に出てくるキャラクターは非常に個性的で魅力がある。
不思議なことに、同じような畑仕事をしていても、人によってできてゆく畑は異なる。土に対する接し方や想いの違いなのか、畑にはその人の個性が現れる。圃場はさながら真っ白なキャンパスのようなもので、そこに何を描くか、何を築いてゆくかはその人次第である。

試練が大きいほど大きな絵を描くことができる。悲しみが深いほど美しい心に響く絵を描くことができる。あなたはあなたの人生に何を描くのだろうか・・・

〇 自由であること

草花も動物も虫たちも、生まれてまた死んでゆく。
分解と合成を繰り返す。そして循環して人間になっている。
私もまた生まれて死んでゆく存在なのだ。そこに何か意味があるのかと言えば、愛があったかということだけであり、愛があれば美しい人生として心の中に残るのである。

みんな同じであり、つながっている。一つのものなのに「私が、私が・・」と思うから重荷になるのである。(私に執着してしまう)
私を離れて、自然と一つとなれば、心が軽くなり「自由」になれる。
私に縛られているから、負担になり、自由を失っているのである。
私を捨てて得ることのできる報酬は、「自由」である。心はどこまでも広く大きくなってゆける。
恵まれた人は自分を愛し、自分に執着してしまう。しかし、不幸な人はそれを乗り越えて愛すれば、自分に固執することはなく、自由になれる。

私が私であるため(自由であるため)に、私を捨てる(私心を無くす)。それもまた私らしさの一つかもしれない。愛するために自分を解き放とう。

生は死を生み、死は生を生む。みんな一つなのだ。
同じことであり、愛になるためにそうしている。
私らしい愛の形を求めてゆこう。

2020.11.22 俊邦父


 以下、参考・引用させていただいた書籍です。

「生物と無生物のあいだ」  福岡伸一

「怒りの葡萄」  ジョン・スタインベック