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『しあわせな森』 .1. 森の国「日本」 日本は世界に誇ることのできる「森林の国」である。 国土の66%が森であり、南北に3500q以上に連なる列島は亜熱帯から亜寒帯に至るまで、多種・多様な森林が広がっている。モンスーン気候に属し、梅雨と台風はあるものの、年間平均雨量が1700oを超える恵まれた気象条件で、幾度もの伐採にも耐え、再生し、今も緑があふれている。 森林が豊富にあるということは、化石燃料のように死んだ、使い果たしてゆく資源ではなく、生きた資源、再生可能な循環型の資源があるということだ。 四季の移り変わりがあり、鮮やかに彩られ、人と自然が調和する「和の国」日本は、世界一美しい国だと私は思う。繊細で思いやりのある日本人の気質は、そんな日本の風土・自然によって培われてきたものであると思う。 2. 木について(三種類の森) そんな本来は「森の国」日本、のはずなのだが、私は時折不安な思いに駆られることがある。 大阪の都会に住む我が家の周辺は、コンクリートのビルとアスファルトの道路に固められていて、そこに森など知る由もない。少し離れた山に行けば人工林や雑木林らしきものはあり、公園には植栽された緑はある。しかし、本当はこの足元にはいったいどんな木が生えていて、どのような森林が広がっていたのだろう・・・ しばらく、「木」の勉強に付き合っていただきたい。 木には針葉樹と広葉樹がある。 「針葉樹」はスギやヒノキ、マツに代表されるように、葉が針のように細く尖っていたり、鱗のように細かく、樹形としてはツンツンと尖った三角形の型をしている木である。幹は真っすぐで建築の資材に向き、有用材として植栽されている。「人工林」のほとんどがこの針葉樹である。戦後、焼け野原になった日本を立て直すために一斉造林された。スギ・ヒノキは成熟して建材として使えるようになるまでには4〜50年かかる。そして今その伐期を迎えている。 人工林は人間が植えたものであるがゆえに、人間による手入れが必要だ。下刈りや枝打ち、ツル切りや間伐。放置していると混み合って細く弱くなり、林冠が閉鎖して暗い森になる。植生が貧弱で、林床がむき出しになるため土が流れやすく、根が浅いので地滑りや災害の原因にもなる。(でも、手入れの行き届いた人工林は太くて立派な木が育ち、植生も豊かであり、私たちの生活を支えている。) 「広葉樹」とは葉が広く、樹形はモクモクと丸く盛り上がっていたり、扇型に開いていたりする。 もう一つは「常緑の広葉樹」。葉が厚く光沢をもち、陽の光を照り返すので「照葉樹」とも呼ばれている。多くは人里に近い平地に広がっていたのだが、今ではそのよすがも見られないほどに切り拓かれて田畑になったり市街地になったりしている。 「潜在自然植生図」によると、日本では圧倒的に多いはずの本来の森は、実はこの照葉樹林域なのである。南は九州沖縄から北は東北の先のあたりまでヤブツバキクラスとも言われ、いたるところに鬱蒼とした照葉樹が生えていた。西日本においては標高800mを超える山地以外はほとんどの地域が、照葉樹林域である。 しかし私には、そう言われたところで実感がともなわない。 植物生態学者の宮脇昭先生の話によると 開拓にともなう森林の皆伐や火入れは世界中で起こっている。 3. 鎮守の森 私は宮脇昭先生の『鎮守の森』という本を読んで非常に感銘を受けた。 先ほどの話しの中で出てきた残された1%の照葉樹林は、僻地や古い屋敷、社寺にある「鎮守の森」に残されているという。自然の中に神を見、森林を神が宿る神聖な場所として、社寺のある周囲の森だけは伐らずに残していた。そこには本来あるべき自然植生のヒントが残されていると言う。 本物の森とは、立体的で多層構造を成しており、照葉樹林においては、主木に高木層のシイ・タブノキ・カシ類が育ち、亜高木にシロダモ・ヤブツバキ・モチノキ、低木にはアオキ・ヤツデ・ヒサカキ、下草にはベニシダ・シュンラン・キヅタなど、「森の下に森がある」という具合に複雑な構造をしている。広葉樹の主木は直根性・深根性で土壌をしっかりととらえ、災害にも強い。 私は、以前は「鎮守の森」と言えば、宗教的な色合いが強く、薄暗くてジメジメした陰鬱なイメージがあって、あまり好んで足を運ぶ場所ではなかった。 でも、土地には土地のふさわしい森林があるのだと考えるようになった。 4. どんぐり 私は秋になると、福祉施設の利用者さん達を連れて、公園の森にどんぐりを拾いに行くことがある。クラフトの材料にするということもあるが、手先が器用に使えない知的障害者には難しい面もある、そこで我々のお目当ては、スダジイやマテバシイのどんぐりを拾って、クッキーを作るということである。毎年の恒例行事になってきた。 そんな「どんぐり」を使って森づくりができるということを宮脇先生の本を読んでいるうちに知った。 鎮守の森に落ちているその土地本来の樹種(ふるさとの森のふるさとの木)のどんぐりを拾い、ポット苗を作る。照葉樹林であればシイ・カシ・タブノキなどのどんぐりや木の実を直径12cmくらいの園芸用ポリポットに植えるのである。1〜2年で30cmくらいの苗木になる。それを緑化事業などで植樹の目的地において混植・密植してゆけば、自然の遷移にまかせると300年以上かかる極相林が、2〜30年でそれに近い構成の森ができるという。自然植生に近い森なので手入れもほとんどいらず、維持費もかからず、豊かな生態系を実現できる。環境保全林・防災林としても効果を発揮する。 5. 「森の長城」プロジェクト 2011年3月11日 東日本大震災で被災された東北の地。 東北の海岸沿い約300qに、瓦礫を混ぜた20〜30mほどの高さの土を盛り、そこにシイ・タブノキ・カシ類など防災効果の高い直根性・深根性の広葉樹の木を植樹し「緑の防波堤」を築くというものである。細川護煕元首相が理事長となり、プロジェクトはスタートしている。目標は9000万本の木を植えることだ。そこに「ふるさとの森」「鎮魂の丘」をもうけ、将来は国立公園に指定したいとのこと。私も、何らかの形で協力してゆきたいと考えている。 ● 森の長城プロジェクト http://greatforestwall.com/ 話しをどんぐりと鎮守の森に戻そう。 私の住む大阪の近くで代表する鎮守の森は、何と言っても奈良の「春日大社」と「橿原神宮」である。他にも住吉大社や平野郷、上町台地にある天王寺七坂など巨樹や古い森が残る場所があるが前者二つは規模からいっても別格である。 「春日大社」には世界遺産にも登録されている「春日山原生林」が残されている。聖域を守るために1100年以上人の手が入っていない森林である。春日杉と呼ばれる巨木も多くあるが、私のお気に入りはイチイガシの大木があることである。カシの中では一番大きくなり、主木となる。太い幹には雲竜紋が浮かび上がり、真っすぐに天に伸びる。威風堂々とした姿である。どんぐりは琥珀色でカシ類の中では唯一、えぐ味が少なく灰汁抜きをせずとも、なんとか食することができるどんぐりである。 同じく「橿原神宮」にもシラカシ・イチイガシの良木があり、背後に立つ畝傍山には照葉樹林が覆い茂っている。 6. しあわせな森 この稿のはじめに、日本の森として紹介した、@ 針葉樹林(人工林) A 落葉広葉樹林と雑木林(二次林) B 照葉樹林(鎮守の森)これらはいずれも大切な日本の森である。 自然の風土に合った、その土地本来の木が育ち、多層群落を形成し、多様な生命があふれる森。 そんな「しあわせな森」は人をも生かす。 2012/12/30 ※「潜在自然植生」:すべての人間活動を停止したとしたときに、その土地の自然環境条件の総和が終局的にどのような植生を支えうるかという理論的な自然植生をいう。すなわち、土地本来の素肌、素顔の緑である。(宮脇昭「鎮守の森」より) |
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