CAMELの音楽世界と小説

私には25年くらい前から聞き続けている音楽がある。
特に音楽マニアという訳でもロック好きという訳でもないのだが、なぜか記憶に残っていて時々思い出したように聴く。
イギリスのロックバンド「CAMEL (キャメル)」なのだが、当時プログレッシブロックと呼ばれ、ロックにクラッシックや多様な音楽要素を取り入れた。メロトロンやフルートを使ったメロディアスなサウンドが特徴。中にはボーカルがなく全編インストゥルメンタルの曲もある。インスピレーションやイメージを大切にするコンセプトアルバムという分野にあたるそうだ。
きっと、私はこのバンドでギターとフルート、作曲を担当しているアンドリュー・ラティマーと波長が合うというか、同じ世界を見ているような気がする。馬が合うのです。

CAMELのアルバムの中で私が聴くのは決まっていて、1975年に発表された THE SNOW GOOSE「スノー・グース(白雁)」と1991年に発表された「怒りの葡萄」を題材にして書かれた DUST AND DREAMS です。どちらも小説がもとになっており、音楽の中にストーリーがあります。アンドリュー・ラティマーがこれらの本と出会い、インスパイヤーして作曲したと言われています。

私はまず、友人からの紹介でこれらの曲を知り、聴き込んでいるうちに情景が目に浮かび、物語の世界に引き込まれ、やがてこの二つの小説を読むに至りました。
長い時間をかけてやっとこれらの世界がわかりかけてきたところです。

まず、先に発表されたSNOW GOOSE について紹介いたしましょう。
この曲はアメリカの作家ポール・ギャリコが書いた短編小説を題材にしています。
孤独で不具な画家ラヤダーとスノー・グース、そして少女フリスの物語。
少女の心の成長と揺らぎ、自然を愛する心優しいラヤダー、その二人を結びつけるスノー・グース、そして別れを描いています。時代の背景としては第二次世界大戦中、イギリス軍がダンケルクの海岸にドイツ軍の猛攻撃によって追い詰められ死地に立たされた時、海上から奇跡的に救出されたというエピソード、「ダンケルクの奇跡」を描いています。

  

この曲は全編インストゥルメンタルです。曲の継ぎ目もなく約1時間、一つのストーリーとして流れてゆきます。その情景は美しく、エモーショナルで、目の前にイギリスのエセックス湿原と灯台が浮かびあがり、白雁の鳴き声と、孤独な画家ラヤダーと少女フリスの織りなすストーリーが展開されてゆきます。
帰ってこないラヤダーを想い、別れを告げるスノー・グースが飛び立つ、大空にむかって両手を伸ばし叫ぶフリス。切なく胸が締め付けられるようなシーンです。
アンドリュー・ラティマーのギターが冴えわたります。
この小説は絵本にもなり、白雁を抱えて立つ少女フリスの姿や、ラヤダーが乗るヨットの上を舞うスノー・グースの絵などが印象的です。

もう一つの作品は、アメリカのノーベル賞作家ジョン・スタインベックが書いた代表作「怒りの葡萄」を題材にし、この本にインスパイヤーして作った曲です。タイトルは DUST AND DREAMS

「怒りの葡萄」については、以前少し紹介させていただいたことがあります。
世界恐慌の後、資本主義の波に襲われ、アメリカ中南部オクラホマに住むジョード一家が、トラクターなどの大型農業機械の進出によりダストボール(砂嵐)をまねき、住み慣れた土地を奪われて避難民となる。改造トラックに家財を積込み、かの有名なルート66(マザー・ロード)を西へと走る。
乳と蜜の流れる地(たわわにブドウが実る)憧れのカリフォルニアを目指すが、そこにはより一層過酷な格差社会の試練が待ち受けているという残酷なストーリー。だが、その中で生きる人々の力強さ、家族の結束、母親の強さを見せつけられる感動作です。

 

この本には、今振り返っても共感されるような、幾重にも重なるテーマがあります。
一つは、資本主義の矛盾と格差社会の問題。
二つ目は、生態系に反する(本来、グレートプレーンズと呼ばれる草原地帯は放牧に向く乾燥地帯。むやみに耕してはいけない)農業の工業化について、
もう一つは、キリスト教的な心の問題、生命のつながりと、魂について語られている。
特に、命をつなぐ母親の強さについて表現されている。(この本の本当の主役は、母ちゃんとそれを受け継ぐ娘なのである)

主人公トム・ジョードは、物語の中で説教師ケイシーの言葉を借り、「自分だけの魂なんてない。自分にあるのは一つの大きな魂のほんのひとかけらだけだ」と言った。
また、旧約聖書「伝道の書」から引用し、「二人は一人に勝る。彼らはその労苦によって良い報いを得るからである。すなわち彼らが倒れる時には、その一人がその友を助け起こす。」
みんなが繋がっていて、一つの心(魂)をなしていると見ている。私は一人であって一人でない。それがスタインベックの世界観であり、神観であり、世界を変えていく大きな力(潮流)になりえると考えているのです。

そしてもう一つ、お婆ちゃんが死の間際にある時、母ちゃんが身重の娘に言った言葉。
「若いころはね、ローザ・シャーン、起きることはひとつひとつ別のことだと思うんだよ・・・
でも、変わる時が来るんだよ。そのときが来たら、死ぬってことは、みんなが死んでいくことの一つだってわかるんだ。赤ちゃんを産むことはみんなが生むことの一つで、産むのと死ぬのは結局同じだってことがね」
ローズ・オブ・シャロンの目に涙があふれて、前がよく見えなくなった。

あのわがままで神経質だった子が・・・
洪水の後、飢え死にしそうな父子に遭遇した時、
目配りをしただけで全てをのみこみ「いいわ」と言ったローザ・シャーン。さすが母ちゃんの娘だなぁと思いました。苦しみを乗り越え、母ちゃんと同じ境地に立っているのです。
いのちの繋がりと魂のつながりを感じさせるラストシーンでした。
深いところでは皆つながっているんだなぁ、生命とか魂というのはそういうものなのだなあ、神様とゆうのは、いるのかいないのかよくわからないけれど、トムが言うように、私たちは大きな魂の中のひとかけらなのかもしれません。

そんなこんなの壮大なストーリーを、一つの組曲として仕上げられています。
特に力強いテーマ曲は、マザー・ロードのお母さんの曲です。クライマックスの嵐の中でも、母ちゃんの魂の曲が鳴り響きます。ジョード一家はこの母親に支えられて前へ進んでゆきます。そしてその心をローザ・シャーンが引き継ぎ、未来へと希望を託してゆくのです。

そういうわけで、私も時々この本と、CAMELの曲のことを思い出すのです。

2018.11.18 俊邦父