障害者の親と「砂の器」

少し昔しの話をしてみよう。昭和50年代、1970年代の頃の話である。

私が子供だった頃(中学生のころ)、お手軽な娯楽と言えば映画くらいしかなかった。お小遣いの少ない子供にとって、ロードショーのような新作映画は贅沢だった。街には「名画座」と言ったような“二流館”と呼ばれる格安の映画館があった。300円~400円で、古い名画が二本立て(あるいは三本立て)で観られる。お目当ての映画が来たなら、決心を固めて見に行ったものだ。

なぜ、決心がいるかというと、当時は映画館の座席のシートは固く、三本立てなら6時間。固い椅子に座り続けるというのは、お尻の痛さを堪えながら、よほどの覚悟がなければ最後まで見られなかったからだ。我慢比べのようなもの。

当時人気の名作映画は、たとえば洋画なら「禁じられた遊び」「小さな恋のメロディ」「ある愛の詩」「ウエストサイド物語」「サウンドオブミュージック」「風と共に去りぬ」「パピヨン」「エデンの東」などである。邦画では、「二十四の瞳」「砂の器」「幸福の黄色いハンカチ」「伊豆の踊子」「生きる」「七人の侍」など。

好きな映画は繰り返して観た。映画ファンの中には「あれは5回見た、10回見た」と自慢する強者もいた。私がその中でも群を抜いて名作だと思ったのは、「砂の器」と「パピヨン」である。

特に「砂の器」は、今見ても言葉にできないほどの名作である。

〇 砂の器

『砂の器』は、松本清張の推理小説を1974年に松竹が映画化したものである。
親子の「宿命」が永遠であることを伝えている。

ちょっと見方が違うのかもしれないが、障害者の親子の心情を、この映画ほど表現しているものは他にない。(映画では、らい病患者の父とその子のストーリーだが)

キャストは次のような顔ぶれである。
今西 栄太郎(警視庁捜査一課警部補):丹波哲郎
三木 謙一(元亀嵩駐在所巡査):緒形拳
和賀 英良/本浦 秀夫(天才ピアニスト兼作曲家):加藤剛
本浦 千代吉(秀夫の父。ハンセン病に侵されている):加藤嘉
本浦 秀夫(少年期):春田和秀

千代吉と秀夫、この親子の演技が実に素晴らしいものだった。それに尽きる。

秀夫をかくまった駐在員さんの死からストーリーは始まってゆく。
緒形拳が演じるこの駐在員は本当に人情味のあるいい人なのに、なぜ殺されたのか?
三木巡査は素晴らしい人柄だった。私はこの演技を見てからすっかり緒形拳のファンになったくらいである。そして事件を辿るうちに、ある癩(らい)病患者の親子に行き当たる。

この映画は本浦親子の旅の物語である。父、千代吉にらい病が発覚して、村を出てゆくこととなる。子である秀夫と二人で乞食となり、流浪の旅をしてゆく。

秀夫はのちに和賀英良と名を変えて、有名なピアニストになっていった。逮捕状が出されたのは彼の演奏会の日であった。「宿命」という曲は、父とともに自身が歩んできた道を音楽にしたものである。

オーケストラの演奏を背景に、二人の旅の回想シーンが流されてゆく。

雪の中を歩く二人、らい病だとわかると門前払いされた。子供たちにいじめられ石を投げつけられた。駐在員にまで追い立てられ、道端に突き落とされ、額から血を流した。
寒空の下、凍えながら親子で汁を温めてすする二人。雪の中で抱き合った。その絆はいかなるものよりも深い。離れ離れになったとしてもかき消すことは出来ない。

親子は亀嵩という村で善良な三木巡査に保護された。千代吉は国立の保養所へと移送されることとなる。らい病患者であるがゆえに、我が子と引き離されるのだ。大八車に乗せて駅のホームまで運ばれてゆく父。
秀夫が後を追い泣きながら線路の上を走り、ホームに駆け上がり、千代吉と抱き合うシーン。

あれが親子の姿なのだ。皆言葉を失った。

秀夫は成人し、著名なピアニストになり、そして事件が起きた。彼の生い立ちが調べられた。
父 千代吉は生きていた。捜査が進み、らい病患者の保養所を訪ねた時、刑事が秀夫の写真を見せた。
「あーっ、あーっ」という千代吉のうめき声、そこには障害のある子と別れた親と同様、子を思う親の気持ちが詰まっている。秀夫をかばうために「そ、そんな人知らんねぇ!」と叫ぶ。

障害者の親の声そのものである。

演奏会は、音楽を通して二人の歩み、二人の絆、二人の宿命を描いて終わりを迎える。

この『砂の器』という映画は、日本人の最も深い、親子の情を描いた名作中の名作である。
あれ以上の親子の情を描いた映画は、いまだに他に見ることはない。
どこに行ったとしても、どんなに離れたとしても、その絆は切れることはない。
同じ悲しみを通過した二人にしかわからないものなのである。

悲しみの深さは、愛の深さに等しいのである。

〇 水飲み鳥

「砂の器」とは立場や状況が異なるけれども、私たち親子も似たような心情を通過したことがある。

子どもが小さかった頃、公園に行っても砂を滑り台の上にまいたりしたので、「この子嫌や」「あっち行って!」と小さい子供に言われ、嫌われて、隅の方で蜘蛛の巣をいじって遊んでいた。支援者の方から電話がかかってきて、「お宅のお子さんに嚙まれました。迎えに来てください。」と苦情が来た。壁を叩く音がうるさいと、隣の人が怒鳴り込んできたこともあった。下の階に住んでいる人が「足音が響く」と棒で天井をつつかれたり、クレームの電話がかかってきたりした。外食に行っても食べ方が汚いので店の人に嫌な顔をされたりした。物を壊した、服を破いた、そんなことはしょっちゅうだ。

謝ってばかりなので、昔流行ったフラスコ型のお辞儀ばかりをしている「水飲み鳥」という置物のようだった。考えられないようなこと、ありえないことが山ほどあった。毎日、生きて無事で終わることで精一杯だった。発作も起こり泡を吹いて倒れている。来週どうなっているかさえ分からない。未来のことなど考えることもできなかった。ようやく二十九年が経った。

今も大変なことはあり、住むところ(グループホーム)を探すのに苦労している。

最低の立ち位置で歩んでゆくのが私らしいのかもしれない。そこで全てを受け入れ(自分のことはあきらめ)、穏やかに、愛をもって生きることができたら満足である。愛は低き所においてこそより多く顕れる。人との絆もより深くなる。

キリストの人生も悲惨であったが、映画でも名作と呼ばれるようなものは、みな悲惨な境遇を通過している。深い愛を描き出すためには、悲しみを通過せざるを得ないのである。
だが、悲しみが悲しみだけで終わるために、このようなストーリー設定になっているのではない。より深い愛の絆を結ぶために、愛に至るためにそうしているのである。最終的に宝となるものは「愛」なのである。救いは愛にある。
目に見えないものが貴い。目に見えないものが感動を呼ぶのである。

もう一つ、名作として挙げさせてもらった『パピヨン』。無実の罪で13年間の刑務所生活を強いられたフランスの作家アンリ・シャリエールの実話に基づく小説を映画化した。

終身刑を言い渡されパピヨンは、フランス領ギアナの悪魔島に送られる。周囲を海に囲まれた、この島は脱出不可能とされていた。パピヨンは崖から飛び降りて、潮の流れに乗りこの島を脱出する。

この映画は13年にわたる過酷な獄中生活と、不可能と言われた監獄島を脱獄し自由を得るストーリーだが、同時に獄中で苦労を共にしたパピヨンとドガの友情の物語でもある。苦労の中、悲しみの中に、友情や愛が育まれてゆく。

主演はスティーブ・マックイーンがパピヨン、ダスティン・ホフマンがドガの役だった。
最後、崖の上から大海原へ蝶のように舞うパピヨンの姿が感動的であった。

噂によると2026年、今年の夏、この脱獄映画の金字塔『パピヨン』が45年ぶりに蘇るという。どこまで奥深く描けるか疑問は残るが、楽しみでもある。

〇 別れ

『砂の器』について、ただでさえ落胆しているのに、「こんな暗くて重たい映画は見たくない」「もっと明るく、楽しくなる映画が見たい」とおっしゃられる方もいるだろう。もっともなご意見である。そう思われる方は見ないほうがいいと思う。その悲しみや宿命の向こうに何があるのか、ということを考えたい(知りたい)人にのみお勧めします。

この二人の絆、二人の心情は、「親亡き後」のことを思い、障害のある我が子をグループホームに託すしかない、障害を持つ親子の気持ちと相通じるものがある。

親は歳とともに自分自身の見栄や欲はなくなってくる。どうでもよくなってくる。
そうすると際立ってくるのが親子の絆である。苦労を共にした、悲しみを共にした、子供のことばかり考えるようになり、より離れ難くなるのである。人はこの離れ難い気持ち、絆を培うためにのみ生きてきたようなものである。人生の目的である。その「愛」こそが、神に通じるものであり、神ご自身なのかもしれない。「神は愛なり」である。

人生は、愛を知る、神を知るというところに尽きるのかもしれない。

私はただ、やりたいことをやっているだけである。偉くもなんともない。
導かれるように生きている。宿命的にこのような立場に立たされているというだけだ。
私たちにできることは、ともにいる時に一つでも多く良き思い出を残すこと。それくらいである。

誤解がないように申し上げたいが、もちろんグループホームに入ることがそんなに悪い、悲しいことであるとは限らない。もっと希望的にとらえるべきことである。多くの人は「入居してよかった」と言う。子供も新しい生活を楽しんでおり、希望や未来が開けてゆくこともある。

どうも、私は古臭い人間なのかもしれないが、障害者が成人して親から離れ施設やグループホームで暮らすようになる。その「別れ」を想像する時に、なぜか昔観た『砂の器』という映画を思い出してしまうのである。
この映画は親子の情、親子の絆を描いているのだ。どん底を通過して来ているがゆえに深く結ばれている絆がある。千代吉の叫びがすべてを物語っている。私にはその声が、障害者の親の声とだぶるのだ。

宿命の根底にあるもの、それは親子の「愛」なのです。この映画はそれを絞り出すように描いた。だから大ヒット作、不朽の名作になったのです。

この世にあるもの(形あるもの)は、砂の器のように儚く消えてゆくものかもしれません。でも、大切なのは目に見えないもので、愛とか絆とか、それが永遠に残るものであり、真に価値あるものなのです。
私の記憶の中には、この映画を通して「親子の愛」というものが鮮明に刻まれています。それが永遠に残るものなのでしょう。

通過してきた道にはいろいろあったかもしれない。だが、私たちの心に深い愛と絆が残ればそれでいい。それが人に感動をもたらすのです。

何を残すのか、その目に見えないものが大切なのです。

2026.2.14