映画『グリーンマイル』を観て

今日は、ネタバレになってしまうかもしれないが、先日NHKBSで放送された『グリーンマイル』という映画について書いてみたい。

その作品『グリーンマイル』(The Green Mile)は、巨匠スティーヴン・キングの最高傑作と謳われるベストセラー小説を原作とし、フランク・ダラボン監督・脚本により作製された映画である。新世紀を目前にした19991210日にアメリカ合衆国で封切られた。

舞台は、大恐慌時代の1935年、コールド・マウンテン刑務所Eブロック。重罪の死刑囚を収容している。主演トム・ハンクスが扮するのは刑務官ポール・エッジコム。そしてもう一人の主人公は、マイケル・クラーク・ダンカン演じる囚人ジョン・コーフィ。見上げるような巨漢の黒人で、身長2m、体重126kg。罪状は重く、双子の幼い白人少女を強姦・殺害した罪で有罪判決を受け、死刑を宣告されていた。

しかし、ジョン・コーフィは、その風貌や罪状に似合わない繊細で純粋な心の持ち主だった。飲み物のコーヒー(Coffee)と発音が似ているけれど、スペルは”Coffey”。ユーモアをもってそれを表現していた。穏やかで温厚な性格だが知能が低く、自分の名前以外は字が書けななかった。記憶に障害があるらしく、自身の過去については「覚えていない」と語る。深みがあり静かに響く声質。まるで子供のように暗闇を恐れ、不思議な力を持っていた。

グリーンマイルとは、処刑室へと向かうリノリウムの廊下が緑色をしていたからそう呼ばれた。人生とは、死刑執行へと向かう長い廊下(グリーンマイル)を歩いてゆくようなものである。誰しもが、終わりの日に向けて、自らのグリーンマイルを歩んでいると語る。

ポールは刑務所の看守主任を務めていた。グリーンマイルと呼ばれる通路を通って電気椅子に向かう受刑者たちに安らかな死を迎えさせてやることが、彼らの仕事だった。

舞台は刑務所なのでかなり暗く、薄気味悪く、恐怖心を煽るスリラーな作品ではあるが、辛抱して観ていただきたい。この映画は、初めは気づかなかったが、死へと向かうキリストの生涯を模倣しているのだ。
“ジョン・コーフィ”の頭文字は、イエス・キリスト(Jesus Christ)と同じJCである。

ある日、ジョンは看守ポールの尿路感染症を触れただけで治療した。そして囚人仲間の大切にしていたネズミのMr.ジングルスが踏みつぶされた時に、その命を救った。ポールは次第にジョンが他人を癒す、超自然的な能力を持っていることに気付く。ポールは神のような奇跡を起こす力を持つ人物が本当に罪を犯したのか疑問に思い始める。

刑務所を抜け出し、所長の妻メリンダの脳腫瘍を癒すシーンは本当に感動的だった。
イエスが行ってきた奇跡を彷彿とさせるようなシーンである。

コーフィは無罪だった。彼にかけられていた殺人罪は冤罪であった。
真犯人はウィリアム・ウォートン。通称ワイルド・ビルという凶悪な死刑囚が二人の少女も殺していた。しかし、それを証明することは出来ない。コーフィは二人を助けようとしただけなのに、何の罪もないのに逮捕され、死刑に処せられるのだ。看守たちはみなその事実を知る。しかし、判決を覆すことは出来ない。死刑執行の日は近づいてくる。

最初は恐ろしく、電気椅子のシーンなど残酷なだけのホラーな映画かなと思ったが、コーフィに不思議な力があり、次々と人々を癒していくシーンが続くと、3時間8分という長い映画があっとゆう間に過ぎていった。看守と囚人の対話、心温まる触れ合いが実に感動的に描かれている。人々の情緒表現が素晴らしい。

コーフィは不思議な力を神から授かった特別な存在。看守は、彼が無実であることを知りながら、自らの手で死刑を執行しなければならないことに心を痛めていた。ポールは、あの世に行って神様から「おまえは私が使わした奇跡をおこなう男をなぜ殺したのか?」と問われたならば、どう申し開きをすればいいんだと悩みを打ち明けた。
コーフィは慰めるように言った。「“親切な行いをした”と答えればばいい」、と。

死刑執行は、悲しみの中で行われていった。

人はみな「死」に向かう運命にあるのだが、その過程(グリーンマイル)において、理不尽なこと、悲しいことも多いかもしれないが、その中で、「優しさ」を醸し出すことができたなら、沁み入るような人生になるのではないか。心に沁みる「愛」となる人生でありたいものである。

『グリーンマイル』は『ショーシャンクの空に』と並び立つような名作である。
どちらもフランク・ダラボン監督の作品であり、『ショーシャンクの空に』も、主人公アンディ・ディフレーンが無実の罪で投獄され、20年の後にトンネルを掘って脱獄し、相棒のレッドとメキシコに広がる太平洋の青い海辺で再会するという、希望と友情の物語だった。「希望」という言葉と太平洋の海の「青」が沁みる映画であった。

キリストを演じた役者は早死にするという噂(伝説?)を聞いたことがあるが、マイケル・クラーク・ダンカンもその例に漏れることなく、54歳という若さで心臓疾患で亡くなった。見えないところで何かの取引があるかのようだった。キリストを証しするということは容易ではない。彼の演技は、演技とは思えないほどの素晴らしいものであった。

マイケル・クラーク・ダンカン
2012713日心筋梗塞で病院に運ばれ、そのまま回復することなく93日に息を引き取った。享年は54歳。ご冥福をお祈りします。

「死」へと向かうのはみな同じである。皆グリーンマイルを歩んでいる。
障害者の親は、「親亡き後」のことを思いながら歩んでいるし、その子もまたこの世の務めを終えるまで歩んでゆく。私たちは、そのグリーンマイルで何を感じ、何を残すのだろう。
ジョン・コーフィのような「優しさ」を残すことができればいいなと思う。
人生も映画も、必ずしも豪華で恵まれた成功ストーリーが名作であるとは限らない。目に見えない何かを残すことが大切なのである。

2026.1.25

【補足】

キリストの生涯を描いた映画は他にもたくさんある。
聖書の記述を忠実に映像化したものもあれば、よりドラマチックにリアルに表現しているものもある。しかし、あまりにも生々しいものは見ていて心が痛むし、気が重くなる。

『ベンハー』がそうであるように、スペクタクル映画でありながら、シルエットでさりげなくキリストが現れて、「水を与える」という感じの映画の方が印象深かったりする。

『グリーンマイル』は受け止め方によっては、キリストの生涯とは比較にならないものかもしれないが、さりげなくイエスを感じさせる設定がまたいいのかもしれない。主人公が黒人さんであることもいい。いろんな意味を含みアメリカ人の心をつかんでいるのである。見る人がどう感じとるかが重要なのだ。
ただ、電気椅子による死刑執行のシーンはどう見ても残酷である。気の弱い人は観るのを控えた方がいいかもしれない。ファンタジー・ドラマに分類されているが、ホラー映画の要素もある。また、刑務所での生活を描写しているので、”お下品”な言葉使いもたくさん出てくる。決して真似をしないように。

死刑執行の二日前、ポールがコーフィに、何か望むことはないかと問うた時、「俺は活動写真(ムービー)を観たことがない」と言うので、なぜか『トップ・ハット』というミュージカル映画を上映した。そのダンスを観てコーフィは、「天国に居る天使のようだ」と言う。

気になったので、私も中古のDVDを買って観てみた。
古い白黒の1935年 アメリカ作品で、アステアの軽快なタップダンス、ロジャースの優雅な舞。ダンスのバイブルと呼ばれる作品である。なるほど、天使が舞っているような映画だった。